第五篇 白孔雀との契約
著者:shauna
不思議な感触だった。
まるで深いプールの底を歩いているような感覚。それでいて息は出来るしとりわけ冷たいわけでも服が濡れるわけでもない。
暗いトンネルの向こうに小さな明かりが見えた。
それが出口だと確信したファルカスは一気にそっちに向かって走り出す。 そして水の感触が一気に空気に変わる爽快感と同時に視界が開けた。
古城? いや、歴史価値のある宮殿と言った方がいいのか?
抜けた先はそんな感じの屋敷だった。
目の前にはハクが居た。
優しく手を出してやると、すぐにファルカスの肩に乗る。すっかり懐かれてしまった。
そのままゆっくりと歩き出し、屋敷を背にテラスのような部分へと向かう。
その先にあったのは・・・・
「うわぁ・・・・」
見渡す限りの広大な裏庭だった。
庭と言うよりは巨大な森。それでいて手入れが行き届いていて、庭の中央に真っ直ぐに伸びる石の通路には一切の木の葉が見られない。
噴水もあり、そこでは蛙や蜻蛉等いろいろな生き物が仲良く休息を楽しみ、あちこちに見られる彫刻は磨きあげられている。花も多数咲き乱れ、数種類の蝶や蜜蜂がせっせと蜜を集めていた。
「どこなんだ・・・ここは・・・」
そう言いながらファルカスは庭の中央の大きな通路をひたすらに歩いていた。美しい庭だ。芸術性の無いファルカスでも分かる。
絶対にこれは高いモノだ。
そんな最中において・・・
「あっ・・・」
先程の少女を見つけた。樹の蔭から少しだけ身を乗り出してこちらを誘うように見つめている。
ファルカスはあわてて少女を追いかけた。
そして、行きついた先。
先程とは異なる大きな池の中央に浮かぶテラスで少女は椅子に座ってこちらを見ていた。
「ったく・・どういうつもりなんだよ・・」
ファルカスが呆れたようにそう呟いた時だ。
「それはこちらの台詞です・・。」
不意に背後の草むらからした声についついエアブレードを構えた。
そして結果として、その選択は正しかった。
飛び出した少女に思わず胃の辺りを蹴り飛ばされそうになり慌ててファルカスは防御する。
草影から現れたのは少女だった。
しかし・・・・
そんな・・・まさか!!!!
それは間違いなく・・・・
思わず身比べてしまう程に・・・
池の中央でのんびりと座っている少女と全く同じ容姿の少女だった。
違いと言えばおそらく、身に纏ったレースのように半透明のストール。そして肩に黒猫を乗せていることぐらいだ。
「な!これは一体どういう!!!」
「それはこちらの台詞と申し上げたはずですが・・・」
少女の目つきは依然厳しいままだ。
「どういう領分か知りませんが、聖蒼貴族の管理する土地に勝手に入り込んでただで済むとは思っていませんよね・・。」
少女は悠然と構える。武器すら持たず・・しかしこちらのエアブレードには恐れる様子もなく・・・
「あ・・・え・・・その・・・」
「ん?金の長髪に黒の”魔法の防具(マジック・ガーダー)”・・・・・まさか、ファルカス・ラック・アトール・・・」
げ!!まずい!!
「なるほど・・・裏組織がこの屋敷に忍び込むとは・・狙いは“水の証”ですか?」
そう言うと同時に彼女は地面を激しく蹴った。
そして・・・
目の前に構えていたファルカスの剣からガキンッと鈍い音がする。
今の音・・・
まさか・・・・
「なるほど・・・」
ファルカスは落ち着いたように落としたエアブレードを拾いながら立ち上がる。
「不可視の剣・・か・・。」
「ほう・・この私の剣を知っておいでのようですね・・。」
「これでも、宝探し屋(トレジャーハンター)でね・・。珍しいスペリオルの知識は大抵頭に入ってる。」
「フッ・・盗掘者風情がやるじゃありませんか・・・ですが・・・」
少女は言葉をいったん止めて次の攻撃を仕掛けてくる。
再び重い殺陣を受けて退くファルカス。
それに対し、少女は不敵な笑みを浮かべながら言った。
「それが分かった所で私の優位は変わりませんよ。」
そう、彼女の言う通りだ。
不可視の剣・・・
口で言うのは簡単だが、実際に相手にしてこれほど厄介な武器はなかなか無い。剣の種類・・刀身の長さ・・・魔剣なのか聖剣なのか・・・
どんな能力を持つ剣なのか・・いや、そもそも剣なのかどうか・・・その全てが分からないのだ。
ってか話に聞いていた程度で実際に戦ったことも無いし・・・
できるだけ相手を見て武器を想像する。構えは左脚が前・・右手での片手持ち・・・相手は女の子。その細腕でバスタードソードやロングソードを振り回しているとは考えにくい。
となると武器はナイフかダガーということになる。
そして、先程の剣がぶつかった音・・おそらくは長いダガーの方。
ファルカスはそう目星を付けた。
なら、長さで圧倒すればいい。
気が付けば体は自然と“突き”の体制を取っていた。
「へ〜・・・」
少女はそれに対し不敵な笑みを浮かべ・・・そして・・・
「な!!」
同じく突きの姿勢を取る。
「そんな・・まさか・・ダガーじゃ・・・」
そう口走ってすぐに自分の愚かさに気が付いた。
そうだ・・。肩手と言う事を考えれば、サーベルやレイピアの可能性だってありえる。
だが、いまさら構えを変えたらその瞬間相手の鋭い突きが襲ってくる。仕方ない。
後は剣術でカバーするしかない。
ファルカスはそう覚悟を決めて呼吸を整える。
そして、ふたりの呼吸が合った瞬間・・・
お互いが地を駆けて、距離を一気に縮めた。
そして・・先に突きを繰り出したのは・・・
「そんな!!」
少女の方だった。
明らかに早すぎるそのタイミングにファルカスは思わず驚きの声を上げる。
だが、その切っ先は・・・
「ガッ・・ハッ・・・!!!」
ファルカスのみぞおちを確実にとらえていた。
思わず腹を抱え、地面に倒れこむファルカス。
おそらく剣を鞘に入れたままだったのだろう。血は噴き出してはいない。だが、鞘の先の一点でみぞおちを思いきり疲れたとなればその痛みは計り知れない。
そんなことより・・・
そんな馬鹿な・・・
それがファルカスの感想だった。
こんな少女が長刀!!それを片手で操るなんて・・・
「どんな・・・化け物だよ・・・」
「それを知った所でどうすることも出来ません・・・・・・”アクシオ・ヴァレリーシルヴァン”・・・」
激しく痛む腹を抱えながらファルカスは少女の方を見る。
そこには先程とは異なる実態のある武器。真っ白な装飾槍を持つ少女がその切っ先を自分の喉へとつきつけていた。
「サヨウナラ・・・」
―チッ!!―
ファルカスは覚悟を決めた様に瞳を閉じた。
―クソッ!!これで終わりかよ!!―
その時だ!!
スッとファルカスを影が覆った。
いつまで経っても訪れない衝撃にファルカスは固く閉じていた目をゆっくりと開く。
そこには少女が立っていた。
先程剣を交えた方では無い。
ファルカスがずっと追いかけてきた、ストールをしていない方の少女。
その少女が両手を広げて少女の突き立てた槍からファルカスを守ろうとしているのだ。
その状況に呆気にとられるファルカス。
瓜二つの少女同士のにらみ合いがしばらく続く。
「オボロ・・・どきなさい。」
先に槍を持った少女が問いかけた。
「その者はこの町の宝を狙って来た男ですよ。悪名高いトレジャーハンターをこのまま許すわけにもいきません。」
それに対し、ファルカスの前の少女は厳しい目で首を振る。
―ダメ!!絶対譲らない!!― とでも言うように・・・
瓜二つ同士の2人が話しているその光景はものすごく不思議なものだったが、それでも今間違いなくその2人のやりとりにファルカスの命がかかっている事は言うまでもない。
「この件は聖蒼貴族内で内密に処理します。その者にスパイ容疑が無いとも限りません。シード宮殿に連れて帰り、話して頂かなければならないことが山程あります。」
脅しでは無い。そんな空気がファルカスにもビシビシ伝わってきた。怖い。人を殺せる程に冷たい視線。これを直で浴びたら冷汗が止まらずに蛇に睨まれた蛙という言葉を一生忘れられない心の傷として刻み込まれる気さえする。
でも・・・それでも・・・
ファルカスを守る少女は引かない。
ただただ首を横に振るだけだ。
「・・・・・・」
暫くの沈黙が続く。
やがて・・・
「オォオオォォオオォオ・・・」
まるで歌うような声でファルカスの前の少女が鳴いた。
その声はしばらく続く。それに伴い、槍を持った少女の方の猫が少女に何かを耳打ちするようにその口元を動かした。
「・・・・・・では、あなたは、あくまで自分がここにその男を連れて来たというのですか?」
眼の前の少女がコクコク頷く。
「ただ遊びたかっただけだと?」
コクコク・・・
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・ファルカス=ラック=アトール様。」
「ハイッ!!」
いきなり声をかけられた為、驚いて声が上擦ってしまった・・・カッコ悪い・・・
「一応聞いておきますが・・・水の証について・・どこまで知ってますか?」
「水の・・・・証?」
「ちなみに私が嘘と判断した場合、爪を剥がし、目を抉り、全身の骨を砕いた後で、アドリア海へ沈めて差し上げますのでそのつもりで・・・」
・・・絶句。
はっきり宣言しよう。この少女はマジだ。
嘘を吐こうモノなら間違いなく拷問を受け、その後で海に沈められて「お魚さんこんにちは〜」なことになりかねない。
だからこそ、ファルカスはハッキリと言い放ったのだ。
「何も・・・何も知らない・・・」
少女の目がキツくなる。
「ほ!本当だって!!水の証なんて聞いたこともないし・・・」
「海が待ってますよ〜・・・」
「マジだ!!何も知らない!!第一、この状況で知らないって答える奴なんか居ないだろ!!」
少女が静かに目を閉じた。
そして考え込むように左手をこめかみに当てる。
暫くして・・・
「ウソは・・ついてないみたいですね・・。」
白いストールを纏った少女はそう呟き静かに槍を降ろした。
それにファルカスもやっと安堵の溜息を洩らす。
しかし、少女は再び槍を構えた。
ビクッ!!えぇっと!!俺は何か粗相を!!?
「回復術(ヒーリング)・・」
―え?―
ファルカスの腹部がポウッと光る。優しく温かな光・・・その光はまるで蕩けるように傷口を塞いでゆく。
そして、それが消える頃には先程みぞおちに受けた激しい痛みは全くといっていいほど感じられなくなっていた。
「すみませんでした。」
少女はそう言って頭を下げる。
「我々、聖蒼貴族の番犬が迷惑をかけ、あまつさえ、本気で殺そうとしたり、拷問しようとしたり、沈めようとしたり・・・本当にすみません。その・・・私も少し気が立ってまして・・・」
状況がまだ上手く飲み込めないファルカスだが、相手が謝ってることから察するに・・・
「つまり、俺へのお咎めは無しってこと?」
「ええ・・もちろんです。オボロが勝手に連れ込んだというのであればそれは仕方のないことですし・・・」
今度こそファルカスは胸を撫で下ろした。
よかった・・・・・どうにか”母なる海に帰るツアー”の儀式は無くなったようだ。
「立てます?」
少女がそう言って差し出した手を掴んでファルカスは立ち上がる。
そして立ち上がった途端・・・・
「うわっ!!」
ストールを着けていない方の少女に手を引かれ、近くの木の枝に掛かっていた古びたブランコまで連れていかれた。
少女はそこにファルカスを座らせるとその後ろに立って漕ぎ始める。
「オボロは余程あなたのことが気に入ったみたいですね。」
白いストールの少女が柔らかく笑った。
「えっと・・・オボロっていうのは・・・」
「その子の名前です。天弧陰陽破幻“朧”・・凄い名でしょう?」
―え・・―
「天弧?」
「そう・・天弧・・・」
悪戯っぽく笑ったストールの少女は後ろでブランコを漕いでいる少女に対し、「オボロ・・」と優しく声をかけた。
すると・・・後ろの少女の体が光り出し・・・
「うぉ!!!!!!!」
巨大な黒い狐へと姿を変えたのだ。
もう心臓が止まるんじゃないかってぐらい驚いたファルカスはそのまま揺れているブランコから落ちる。
それを心配するように黒い狐は落ちたファルカスの元に顔を近づけ、そっと顔を舐める。
「懐かれたようですね・・・」
それを見たローブの少女はほんのりと笑った。
尚、顔を舐めてジャレてくるオボロにファルカスが困ったように視線を彷徨わせる。
「どうでもいいから助けてくれ!!」
それに対し、シルフィリアはゆっくりと近寄って来たハクを抱きあげ、
「いいじゃないですか・・・その子が懐くなんて滅多ないんですよ?」
と静かに笑った。
※ ※ ※
その後、しばらくブランコで遊んだ後、オボロから解放されたファルカスは庭園内の通路を今度はローブの少女と一緒にのんびりと歩いていた。
「申し遅れました。私はシルフィリア=アーティカルタ=フェルトマリアと申します。オボロについては・・・あなたになら解説する必要もありませんね。御覧の通りの天弧で名をオボロと申します。」
思いのほか丁寧で柔らかな表現には流石に驚いた。ってか先程までは命の危機が迫っていた為気が付かなかったが、よく見ればこの少女・・とてつもなく可愛い。
サーラもかなりの美女だが、彼女はそれを考えても尚余りある。ってか人間かこいつ。
まあ、それはどうでもいいこととして・・・
ファルカスは自分の肩に乗っているハクを指差してほんのりと言う。
「天弧ってのは・・・俺の記憶じゃコイツみたいなのが1000年以上の月日をかけてなる伝説のモンスターだった気がするが・・・。」
「聡明で助かります。」
シルフィリアが微笑んだ。
「はぇ〜・・・初めて見た・・・。」
「無理もありません。天弧はレアなモンスターですから・・・会おうとしてもそうそう会うことはできないでしょう。」
「野狐はいろんな所で良く見るけど・・それが1000年も生き続けるなんて信じられないな・・・」
初めて見るモンスターにファルカスはただただ感心する。
モンスター退治を得意としているが、この黒い狐だけは倒す気になれない。なんかこう・・・殺してしまったらバチとか当たりそうで・・・
樹齢1000年の木に抱く感覚と共通するものがある。切ったら間違いなくなんかあるような気がするのと同じだ。
「珍しいモンスターもいるもんだな・・・・」
「そうですね・・・狐のモンスターは基本的に人に懐きませんからね・・・でも、そう考えると、あなたの肩に乗っているその白い狐だって私から見れば不思議ですよ? 」
「ああ・・これか・・・これはサーラが・・・」
そこまで言ってファルカスの口が止まった。
サーラ・・出来れば今は一番思い出したくない名前だった。
「どうしました?」
心配そうな声でシルフィリアが問いかける。
「何か怒ってるみたいに見えますけど?」
「いや・・・ちょっと嫌な奴のこと思い出しちゃって・・・」
「嫌な奴・・・ですか?」
「ああ・・・」
※ ※ ※
その後、ファルカスは一部始終をシルフィリアに話すことにした。
サーラという女性と出会った日のこと・・これまで約1年、仲良く旅をしてきたこと(本人に自覚は無いが他人から聞けば激甘だったりする)
・・・そして先程喧嘩をして別れてしまったこと。
もしかしたら誰かに話すことで自分の中にある鬱憤を晴らしたかったのかもしれない。
実際、シルフィリアに話を聞いてもらったら大分楽になったし・・。
「とにかくムカつくんだ!!今まで一緒に旅してきたってのにいきなり変な男信用して、いきなりそいつ仲間にして、いきなりそいつの計画に乗って『幻影の白孔雀』を捕まえるなんて!!何一つ俺に相談も無しにだ!!これじゃあ、俺がまるで操り人形じゃないか!!俺はサーラ専用のテイのいい使い魔じゃないっての!!」
「なるほど・・・」
「魔道学会の魔道士ってことだから優秀なのは認める。けど、だからって今まで一緒に旅してきた俺は完全に無視は無いだろ!!ああ!!ムカつく!!俺だって・・・その・・・」
「・・・・・・」
「なんとか・・・」
「『なんとか見返してやる方法はないか』・・ですか?」
心のどこかでつっかえていた言葉を先に言われてファルカスはハッとシルフィリアを見た。
「”なんとか相手に自分を認めさせたい。せっかく今まで仲良くしてきたのに・・・自分の絶対的な信頼を裏切ったサーラ様を許せない。だけど、こっちから謝るのは癪だ。できれば、自分がどれだけ有用なのかを示して相手に自分の存在を再認識させたい”・・・とまあこんなところですか?」
な・・なんでそれを・・・と心の中では思ってみるが、決して声には出さないで、あくまでポーカーフェイスを貫こうとする。
でも・・・
―クスッ・・・―
笑われた。隠しきれなかった部分がどうやら顔に出てしまったらしい。
「馬鹿みたいだろ・・・・・・ガキみたいで・・・」
うなだれるファルカスに対し、シルフィリアは
「いいえ・・・」
とニッコリと笑いながら返した。
「子供みたい・・・というよりは、男の子なんだな〜って感じですかね?」
「男の子?」
「私の親しい男性にそっくりです。できるだけ紳士であろうとしながらどうしても最後の一線でなりきれない。(好きな)人に認めて欲しい・・・自分がどれだけ一生懸命やっているのかを・・・」
「・・・・・」
なんだか急に恥ずかしくなってきた。どうやらシルフィリアは全部お見通しのようだ。ってかサーラみたいに心を読む能力でもあるんじゃないだろうか?
ファルカスが驚いているとシルフィリアは楽しそうな笑みを零した。
「打開策をあげましょうか?」
―えっ?―
その言葉に一瞬耳を疑った。
「それって・・・・」
「その仕返し・・手伝いましょう。」
ファルカスの表情が一気に明るくなる。
「何とかできるのか!!? 」
「ええ・・方法は単純です。」
「 ? 」
「私と組みませんか? 」
その申し出に一瞬言葉を失った。
「どういう意味だ?」
「私だってただお祭りを楽しむためにここに居るわけでは無いということですよ。」
「・・・・・・目的があるってことか?」
シルフィリアが頷いた。
「先程の勝負で私の実力は十分わかったはずです。そこで、提案です。サーラ様にあなたを認めさせる為に私があなたと組みましょう。彼女達は私を狙っている。そこを返り討ちにすれば、そのロビンという魔道士よりもあなたの方がサーラ様にふさわしいことが分かる。」
何を言って・・・そう言おうとした時だ。
まさか・・・・・・とファルカスは思う。
―白い髪・・・先程の圧倒的な力・・・まさか・・・―
「あんたがあの幻影の・・・」
「正解です。そして、偶然にも私の目的の関係で用があるのは魔道学会の方なんですね。」
聡いファルカスにはそこまで言えば十分だった。つまり、こういうことだろう。
「あんたと組んで、俺達はサーラ&ロビンペアと戦う。そこで俺の有用性を示してサーラに俺を認めさせる。で、あんたは魔道学会所属のロビンから必要な情報を引き出すってわけか・・・?」
「本当に聡明で助かります。」
シルフィリアがニッコリ微笑む。
「他に条件は?」
「契約は今からサーラ様達と決着をつけるまで。その後の事は知りません。ロビン様を貰い必要な情報を聞き出し次第、私はあなた達の前から姿を消します。」
「もし、必要な情報が聞き出せなかった場合は?」
「少し協力してもらいます。サーラ様というのは他人の心の声を聞く能力があるのでしょう? でしたら、その能力で何らかの可能性を探ってもらいたいのです。私が欲しいのはあくまで情報。それ以外には何も望みません。」
「つまり、あんたは自分の目的については何も話さないわけだ。」
「御不満ですか? 何なら言い切りましょう。私の目的が達成されたことであなた達や世界そのものに実害が及ぶことはまずありません。それに、私が味方すれば負けることはないと思いますけど? 剣術や治癒魔法だけではなく、支援魔法、補助魔法、攻撃魔法、防御魔法。その全てにおいて私は他の魔道士とは一線を画すと自負してます。負けることはまずないと思いますが・・・」
「なるほど・・な・・・」
暫く考え込んでいたファルカスだが、答えは一つしかなかった。
サーラに勝つなんてまず無理だ。実際3ヶ月前には殺されそうになったし、というよりハッキリ言って負けた。
あれから自分も少しは腕を上げた自信はあるが、それは苦難を共にしてきたサーラにしても同じことだ。それに今はDランクと言えども魔道学会の魔道士も居る。
2対1では流石に形勢が芳しくない。
ってか勝てる気がしない。
でも味方に幻影の白孔雀が居るとなれば勝率は一気に上がる。
確かにそこにはこのシルフィリアと名乗る少女が偽物かもしれないというリスクは付くけど、先程の迷いの無い太刀筋と治癒魔法から察するに高位の魔道士であることはまず間違いないだろう。
なら組んでおいて損はないはずだ。
「ファルカス=ラック=アトールだ。ファルカスでいい。あんたのことは・・シルフィリアでいいか?」
「何でも構いませんよ。」
「じゃあ、シルフィリア・・少しの間だけど・・・よろしくな。」
「こちらこそ・・・」
こうして新た、かつ異色のチームが誕生することになったのであった。
※ ※ ※
その頃、フェナルトシティで最高位のホテル「ラズライト・ホテルズ」のスウィートルームで2人の男女が話し合っていた。
「幻影の白孔雀は我々の誘いに乗ってきた。最も、本物は血も涙もない伝説とはかなり違うようだがな・・・」
「偽物ってことはないの? 」
「かもしれん。でも、そんなことは関係のないことだ。あれは奴が管理している。重要なのはそこだからな・・・」
「でも、その居場所が私達には掴めていない。」
「そう、まるで煙だな・・・どこに居るのか見当もつかない。この街に居ることは間違いないのだがな・・・」
黒い髪の男が大きく天井を仰ぎ見た。それを見て、隣で聞いていた白い髪の女も肩をすくめる。つまりはお手上げだ。
男が手に持つのはフロート公国の国立図書館から持ってきた資料。そこには“水の証”という宝石についての研究データが記されている。
「また資料見ているの? クロノ・・」
後ろから白い髪の女が問いかける。風呂上りの為かバスローブを羽織った体も肩で切り揃えた髪もまだ濡れていた。
「幻影の白孔雀なんて見つけなくても私の召喚術で精霊を町中にばら撒けば、”水の証”なんて簡単に見つかるでしょ?」
「その話は無理だと言ったはずだぞリオン・・」
男が制す。
「水の証は魔法で隔離された特別な場所に安置されている。そしてそこに行く方法を知るのは本物“幻影の白孔雀”だけだ。白孔雀は間違いなくこの町に来ている。奴を捕まえないことには何も始まらない。」
「ふ〜ん・・」
力説するクロノにリオンは興味なさそうに答える。
「まかせろ。その為にわざわざ数年前から準備をしてきたんだ。盗賊団“夜の真珠(ナイトパール)”を作ったのもお前を“幻影の白孔雀”に仕立て上げたのもすべてこの時の為。俺達は盗みのプロだ。本物が俺達の情報に踊らされて身動きがとりにくくなっている今こそ、奴を捕獲するチャンス。必ず捕まえる。幻影の白孔雀を・・」
「全ては、大いなる力の為?」
「そうだ。」
2人はそう言ってお互いにニヤリと笑い合った。
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